僕は星どろぼう

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八束

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【AA】後日談SS 2013.08.04(Sun) 


続きからアル・アンダルスの後日談SSです。
本編最終話を見ればわかる通り、アレな内容です……。


 ――すべらかな絹のドレス。薄い布地にきらめく刺繍。散りばめられた宝石の数々。

 絹に刺繍をほどこす侍女たちを横目に、フリアは小さな溜息をこぼした。
 その日は一日、花嫁衣裳の採寸や新しいドレスの試着で引っ張り回されていた――しかし中々疲労を訴えることもできず、ようやく籐の椅子に腰を落ち着けた頃には日もすっかり暮れていた。腰をぎゅうぎゅうに締めつけるドレスは着心地が悪く、ろくに食物も喉を通らない。しかしあからさまな不快を顔に出すことも許されず、フリアはとってつけたような微笑を顔に貼り続けていた。
 生死不明とされながらも、革命的に王宮に入ったアンヘルとは対照的に――むしろそれゆえに、フリアの王宮での立場は無いにも等しかった。いくら取り繕おうとも肌色や首筋の痕はフリアの出自を物語っていたし、後ろ盾もなければ、さほど美しくもない、教養もなければ作法も知らない彼女はアンヘルとはあまりにも不釣合いに思われたのだ。貴族から使用人にいたるまで、あらゆる階層から向けられる視線は常にフリアを値踏みし、酷薄なものへと変わるのにそう時間はかからなかった。

「王妃様。夕食の時間にございます」

 背後から告げられた言葉に、フリアは無言で立ち上がった。視界が僅かに眩むが、無視して歩き出す。
 特別な会食が催されない限り、夕食は決まってアンヘルと共に取ると決められていた。使用人すら閉め出してしまうこともままあるため、外部からはさぞや仲が良いのだろうと噂されているらしい。しかし二人の間に流れる空気の冷たさを知るフリアにとって、夕食はあまりにも気が重い時間だった。
 要塞を思わせる威圧的な柱廊を抜け、夕食の準備された広間へと向かう。毛の長い絨毯を踏むと、細長い食卓の奥に座るアンヘルが視界に入った。黄金色の双眸がつまらなそうに向けられ、反射的にフリアは表情を強張らせた。

「お前たちは下がっていい。給仕は適宜呼ぶ」

 いつものようにアンヘルが告げ、フリアは定位置に腰を落ち着ける。
 染みひとつないクロスをかけた卓上には、飴色のスープが香ばしい匂いをのぼらせていた。その横の磨き抜かれた銀のグラスでは、あらかじめ注がれた葡萄酒が深く揺らめいている。故郷にいたころも、奴隷として生活していたころもありつけなかったような食事なのに――今彼女に映るそれは、まるで無機物が並んでいるだけのように感じられた。

「帝国に発つまであと二週間か。いい加減アラビア語は書けるようになったのか」
「……もう少し、勉強しないとだめだと思う」

 暖かなスープをまずそうに嚥下して、フリアは小さく囁き返した。

「まだなのか。相変わらず飲み込みが悪いな? せっかく現地から連れてきた人間を教師につけているというのに」
「ごめんなさい……」
「お飾りとしてお前を置いている訳じゃないんだ。少しは役立ってくれないと、私の計画にも狂いが出かねない」

 ひとくちふたくちスープを飲みこんだところで、フリアはスプーンを置いた。
 伏し目がちにアンヘルを見やると、彼は苛立ちを露に自分を見つめている。最近は書類仕事が多いせいか、彼の肌色は少し白くなったようだった。

「そういえば……帝国側への護送の際、護衛にはあの男が抜擢されたそうだ。皇帝直属軍の……確か、ハヤールと言ったな」
「……ハヤールが?」

 予想もしなかったアンヘルの発言に、震えるばかりだった声にようやく芯が伴う。
 弾かれたように顔を上げれば、やはり不機嫌そうな顔のアンヘルが視界に入った。彼は乱暴に癖の強い前髪を掻き上げると、鋭い目線でフリアをねめつける。

「知り合いがいるからといって浮かれないことだな。形だけとは言え――フリア、君は私の妻なのだから。ゆめゆめそのことを忘れるな。イベリア王国の王妃は尻軽などと噂されたくもないからな」
「そんなこと……っ、」

 辛辣な物言いに反論しようと口を開いた瞬間、フリアの視界はぐらりと歪んだ。
 目に映るものの輪郭がぼやけ、黒く霞んでゆく。砂嵐のような耳鳴りが耳朶の奥で響き、フリアは腹の底からこみ上げた不快感を堪えようと、とっさにテーブルクロスを掴んだ。強く引っ張ったせいで、その拍子に卓上の食器が揺れ、中身のスープがこぼれ落ちる。

「フリア!?」

 アンヘルの声も遠く、フリアは吐き気を我慢して唇を両手で押さえた。指先から血の気が引いてゆく感覚に、全身が小刻みに揺れる。

「ご、ごめんなさい……。気持ち悪くなっちゃって」
「顔色が悪い。コルセットでも絞め過ぎたか? とにかく一旦戻って休んだ方がいい」

 息も絶え絶えにそう答えれば、アンヘルが背筋をさすってくれる。その優しい手つきに、思わず心を打たれたフリアは目を伏せた。
 あの日に戻ったような気がした。それが錯覚に過ぎないと思っていても、こうして自分を心配するアンヘルはあの頃の彼そのものだ。自分が偽りを抱え、それを信じこんでいた頃の。今や彼は自分はおろか、使用人の誰一人として信用していないというのに――。

「部屋まで一緒に行こう。立てるか?」
「う、うん……。大丈夫、なんとか」

 それが利用価値のあるものに対する感情なのか、あるいは本当に彼が自分を心配しているのかは分からない。
 ただ厳しい言葉で跳ね除けては、時たまこうしてあの頃の優しさを見せるアンヘルがあまりにも憎かった。フリアは彼に支えてもらいながら、胸の中で波打つ感情をこらえようと必死で唇を噛みしめる。
 偽りで結ばれていたはずの関係は、昔以上にいびつになってしまった。互いを認識したと思ったのは本当にあの一瞬だけで、今はもうなにも見えない。フリアはアンヘルの腕の温かさを感じながら、遠いいつかの日々を思った。

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