僕は星どろぼう

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八束

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SS 2013.07.20(Sat) 

アンダルス15話付近のSSです。
アンダルス・ロスコ既読者向け。何を隠そう某女狐の話。

「ユリアナ!」

 体からあるべき重みが失われる。
 眉間に深い皺を刻んだユリアナが面を上げるのとほぼ同時に、クラエスが部屋に突入してくる。白金の髪が視界でちらつくのに苛立ちを覚え、ユリアナは己の体の一部を拾い上げるのも忘れ、声を張り上げた。

「違うでしょう!? クラエス、アンヘルを追いなさい! 早く! 取り返しのつかないことになる前に!」

 ほとんど怒声にも近く、声帯から発せられる音は震えていた。
 しかし彼は剣を抜くことすらもせず、黙ってユリアナの元へと歩み寄った。白皙の指先が、床に転げ落ちた彼女の義手を拾い上げる。無機物の塊でしかなくなったそれを、淡青色の瞳が見下ろした。

「言うことを聞けないの!? クラエスっ……!」
「無駄でしょう。ユリアナ、いくら貴女がお膳立てしたところで、もう何も変わらない。それならばいっそ、切り捨ててしまった方がいい」

 冷淡な言葉に唇を噛む。しかし向けられた眼差しは存外優しいもので、ユリアナはたまらずに目を伏せた。――たぶん、本気でこの男は自分のことを案じているのだ。いくら財や権力を握ろうとも、狡猾な女になろうとも、目の前の男は十年前から何も変わりはしない。その事実が、時々胸に刺さるように辛い。

「……まだ十四、五の子供なのよ」
「貴方がファランドールの責務を負ったのもそれくらいですね。苦いものを飲み下さなくてはいけないのは、彼も同じでしょう」

 伸ばされた片手が、ユリアナの片腕を撫ぜた。
 神経を無理やり引きちぎれた感触が、引きつるような痛みとして残っている。ユリアナは顔をしかめつつ、クラエスから己の片腕を受け取った。繋ぎ目に指で触れると、熱で僅かに変性している。この砂漠地帯の気候では、己の義手ではさほど長くは耐えられないのだ。
 深い溜め息をこぼしながら、長椅子に腰を落とす。佇んだままのクラエスを仰ぐと、彼は透き通る睫毛を伏せ、自分を見下ろしていた。その春の湖を思わせる瞳には、一抹の不安が浮かんでいる。

「最近、貴女は自分からリスクを負いたがる。貴女らしくもない、良くない傾向ですよ」
「……死にたがりの誰かさんが傍にいるせいね」
「茶化さないでください。現に貴方は……」

 張り詰めた声音を響かせながら、骨ばった手がユリアナの首筋へと伸びる。
 二十年前のもの以上の傷跡が、その首から背中にかけて刻まれていた。ベールでも被らない限り覆い隠すことのないそれは、皮膚が盛り上がり、あるべき白さを失って変色さえしていた。

「それとこれは別よ。あの時は、私でなければ遺失技術の制御ができなかった。貴方にもヨクトシアにもできないことだったから、私がやっただけのこと」
「……それでも、遺失技術は暴走した。貴方の命こそは助かりましたが、それでも……」
「当然のリスクよ。それを覚悟で私は臨んだんだから、貴方が気に病む必要なんてこれっぽっちもない。いい加減うじうじするのは止めてくれないかしら?」

 唇を尖らせてそう反論すれば、クラエスはぐっと奥歯を噛み締めた。その瞳に一瞬険が募るが、言葉となって吐き出されることはなかった。彼は堪えるように長い息をこぼすと、ぐったりともたれかかるように、ユリアナの首に腕を回す。

「……それでも、私は貴女を失いたくはない。貴女が死んだら、それこそ私の生きる価値は無くなってしまう」

 耳元で囁かれる言葉に、ユリアナは蒼く血の透ける瞼を伏せた。
 鼻腔をくすぐる硝煙の匂い。彼の後頭部に回した手が感じる、艶やかな髪の感触。拭い去ることのできない死への渇望さえ、彼は変わっていない。どれほどそれらしい理屈を並べ立てようとも、彼の根幹を貫くその思いは変わらない。変えることはできない。

「本当に、どうしようもない人ね。貴方って人は、本当に」

 きよらかな微笑を浮かべ、ユリアナは静かに囁いた。
 もしかしたらこれは、我儘な子供に縋りつかれる母の姿なのかもしれない。黒い聖母というものが存在するならば、きっと自分のような形をしているだろう。血に塗れた両手でこの男を抱く、自分の姿は。

「……大丈夫よ、私は死なないわ。貴方を置いていったりなんかしないわ。十年前に約束したじゃない」

 その言葉に、クラエスは何も返さなかった。ただ細い体を抱きしめる腕に力が篭もる。
 彼が自分にいだく感情を愛と呼ぶのなら――それはどれほどいびつな形をしているのだろう。ふと頭の中に浮かんだ考えを、ユリアナはすぐに拭い去った。今更考えても栓のないことだと、彼女は身に染みて知っていた。
 
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